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2006/09/25

拓郎かぐや姫 つま恋2006

Kfullnormal20060924124_m 75年に掛川市でおこなわれたつま恋ライブといえば、とてつもない長時間に渡る『人間なんて』に象徴されるように、とにかく「吠える」12時間ライブだったと聞いている。その頃小学校卒業して中学入る頃だった私はゴネて親にフォークギターを買ってもらったばかり。カポタストやブルースハープは自分で買い足していってたけど、とにかく音楽雑誌を買っては巻末についてたコード表を見ながらギターを弾いていた頃で、つま恋ライブは行きたくて行きたくてしょうがないライブだった。あと5年早く産まれていれば絶対に現地に行っていただろうな。

60年代末のウッドストックの影響はもちろんあるわけで、いわゆるヒッピー風の若者がいたわけだけど、これが別に変じゃなくて、とにかく当時の拓郎を中心としたサークルは広島フォーク村、つまりボブ・ディラン崇拝のみんながああいう世界だった。陽水は全く違った。弱い世代が精一杯のカマをかけてるのが拓郎のサークルだとすれば、人差し指でちょっと触っただけでヒビが入りそうな繊細で神経質な若者気質を固唾をのんで見守るのが陽水を中心としたサークルだった。つま恋ライブとは、この拓郎・陽水と春夏秋冬・泉谷しげると、印象派的雨が空から降れば・小室等の計4人がフォーライフレコードを立ち上げた頃に行われたライブであり、プロデュース面をも手中にいれた彼らは「俺たちにできないことは無い!」だったように思う。「俺たちにできないことは無い!」「だけどなにができるんだろう」そして「人間なんてララララ…」。ちなみに私は陽水・命!といえるほど陽水に傾倒していたが。

関係無いが拓郎・陽水・泉谷・小室の4人が最初にフォーライフレコードの運営について決めた時、自分ら4人の中で、自分以外の人にそれぞれ投票して社長を決めようってことになって、結果、泉谷が4票になって「おい自分に入れたのかよ」ってなって再投票して拓郎が初代社長になったって話が面白くてオールナイト日本だったかを聞きながらげらげら笑ったのを覚えている。

さてそういったライブを拓郎と「かぐや姫」がやったということが実に興味深い。拓郎と泉谷とか拓郎と小室等ならなんとなくピンとくる。陽水はこういうのはやらないだろうな。かぐや姫は71年デビューのいわゆる四畳半ソングの象徴であり、拓郎のように安保世代を強烈に意識させるような類のものではなくて、当時当たり前だった風呂無しトイレ共用的な普通の生活を静かに歌っていたわけで、むしろ「俺たちはできないことだらけだ」っていう前提に立っていたようなものだ。

そして先週末、両者の顔合わせによるつま恋ライブが再演された。実に31年ぶり。団塊世代を中心とした客席は「総齢175万歳」がキャッチコピー。NHKハイビジョンによる生中継だ。これは見るしかない。右からパンダさん、こうせつ、ショーやんと並んだ3人を左斜め上から撮った映像は昔のままの格好良さで、人の良さそうなパンダさん、無茶苦茶いい曲書くのに無茶苦茶歌が下手なショーやん(失礼)、顔が(以下略)のこうせつ、ああー本当にかぐや姫だ~と思わず見入ってしまった。「妹よ」なんかは今のような豊かな日本においては、貧しい兄妹の話にすごくギャップを感じてしまって、当時のような強烈なものは感じられなくなってはいるものの、やはり名曲のオンパレードには感動した。「みんなのってるかーーい」「みんなで歌おうー」のかぐや姫の後は、「いやなら帰れ」的な拓郎の出番。このギャップが面白い!。そうか拓郎とかぐや姫の競演というのはこういう面白さがあるんだなと再認識。お腹出てきたこととかボソボソ言ってるのも拓郎なら格好いい。ただし昔のファンをすごく意識した選曲のかぐや姫と違って、拓郎の選んだ曲目は微妙にファンとの間でズレがあったようにも思うが…。ではあるけど「今日までそして明日から」で幕というのも「人間なんて」でみんなの尻を叩くような感じではなくて、「またがんばろうな」っていう達観した思いが感じ取れてこれもありなのかもしれない。

今のやたらとアップテンポな曲に慣らされた人達のこの番組を見た感想もいろいろ読んでみたく、Googleロボットがデータベース更新し始めたらいろいろと検索してみたいと思った夜でした。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

初めての投稿です。いつも楽しくこら息子さんのホームページを拝見させて頂いております。
 「つま恋ライブ」は朝日新聞でも大きく取り上げられていましたね。こら息子さんのコメントの中にあった「かぐや姫の四畳半ソング」という台詞が自分の人生にダブったもので投稿した次第です。実は、私が一人暮らしを始めたのはまさに四畳半の風呂無し、トイレ共用の下宿だったのです。もっともその下宿は1年間だけの住まいでしたが冬場は部屋にあった湯飲みに入れておいた水が翌朝には厚い氷(厚さ約1.5cm)が張るなかなか過酷な暮らしでした。涙が出てくる思い出です。

投稿: Koukiss | 2006/09/26 21:33

こんにちは、いつもどうもです~。一部屋生活の手を伸ばせばなんでも届く感じって、実はハマると生活しやすいんですよね。こういうハングリーさを経験してる人はいろんな意味で強いです。

私の場合は、貧しさから家族で1部屋という時期があって、冷蔵庫に時間割とか貼って、その冷蔵庫にくっつけて置いてあった小さい机で高校入試の受験勉強したものです。でもぜんぜんつらくなくて、今から思うとイイ思い出だな~。

投稿: こら息子 | 2006/09/28 17:24

こら息子さんにも私と似たような時期があったのですね。少し感動。私の場合、四畳半の部屋を出た後は、6畳間の学生アパートに4年間と、同じアパートの八畳間に1年だけ住んだのですが、トイレ共同、風呂共同でした。でも、なかなか快適でした。というのも、もともと小学校の低学年までトイレ共同、風呂無しの共同住宅に住んでいたので何の違和感もありませんでした。洗濯機や流し台にお湯を張ってお風呂代わりにしたときもありました。でも、そんなときの方が家族のつながりが深かったように思います。

投稿: Koukiss | 2006/09/29 22:22

興味深く拝読しました。

陽水は、群れないんですよね。陽水は、大勢の人と一緒に行動することを、しなかった。テレビにも出なかった。フォーライフ立ち上げの記者会見で、感想を聞かれた陽水が、「ベンチャー?(みたいな気持ち?)」と答えていたのを、ニュース映像で見たことがあります。

ある日、陽水と拓郎が飲み屋で飲んでいた。二人は店内でラジオを聴いていた。ラジオは生放送で、荒井由美と石川セリがDJを務めていた。陽水と拓郎は飲み屋からラジオ局に乗り込み、生放送の番組に乱入。背の高い男性が大好きな石川セリが陽水に一目惚れ。これが、なれ初めとなった。のちに松任谷由美は、「この私が、陽水と結婚するかもしれなかった」と、自慢することになる。違ったかな?


私の中学の文化祭では、ものすごくモテるカッコイイ男子がコンサートを開き、「妹よ」を熱唱しました。その男子はますます、モテるようになりました。それゆえ私は、「妹よ」が大嫌いです。
なんじゃそりゃ。

投稿: きみちゃん | 2006/12/09 21:19

「妹よ」とか「東へ西へ」とかは昔は中学高校あたりの定番でしたよね。懐かしいです。
松任谷さんといえば「とまどうペリカン」を歌ったりして陽水とどんなつながりがあるのかとおもっていたら、そういうことだったのですか、面白いです。またよろしくお願いいたします。

投稿: こら息子 | 2006/12/10 16:33

実は私も、小学二年まで、台所と一部屋しかない集合住宅(団地です)に住んでいました。本当に貧しかったです。友達が家に遊びに来るのがイヤでした。一部屋しかないので、友達が来ると、家族の居場所がなくなるからです。風呂は五右衛門風呂でした。ところが、団地ゆえにトイレは水洗でした。引っ越した先がボットン便所だったので、ショックでしたね。

投稿: きみちゃん | 2006/12/10 21:41

うちも実は中学3年まで1部屋でした。勉強机を冷蔵庫の横にぴったりくっつけて受験勉強したものです。夏は暑くて死にそうでした。でも磁石が冷蔵庫にとめられたので便利だったな~。ヘッドフォンを二つにちぎって、机の左右に置いて、音量を大きくしてステレオみたいにしてオールナイトニッポン聞いたなあ。ジョンレノンと陽水に明け暮れた楽しい日々でした。

投稿: こら息子 | 2006/12/10 22:15

私もヘッドフォンを二つにちぎって、枕の下に置いて、「ピローステレオスピーカー」にしました。76年ごろに親に買ってもらったビクターの軽量ヘッドフォン。「ハイベロシティ」とかいうタイプのもので、六千円ぐらいだったと思います。そうそう、このころ、「バイノーラル(録音)」とかいうのが、ありましたっけ。磁石で冷蔵庫に、?学校の?時間割を、はりつけていたんですか?すごいシブイですね!

投稿: きみちゃん | 2006/12/11 01:07

安倍政府が母子加算の廃止(段階的に削減し、その後廃止)を決めました。自公政権の弱いものいじめは、一体どこまで続くのでしょうか。銀行には公的資金(私たちの血税)をあれほど注入したのに。本当に頭に来ます。安倍も安倍の妻のアッキーもブルジョア出身で、貧民のことが、なんにも分かっていないと思います。

投稿: きみちゃん | 2006/12/11 23:40

マスコミにも問題有りかな。毎日毎日「どっちが支部長か」な話題ばかりでそれでいいのかと。毎朝通勤路で見る、掘ったり埋めたりを繰り返してる道路とかみても、おいそれは金の使いどころが違うだろうって感じですね。

この世間のノーテンキな感じのしわ寄せを確実に食らってしまう人達がいるわけで、このへんが国家か国民かな議論を生んでしまうんだろうけど、そういった事を右か左かみたいな大げさなことにしてしまうのが日本の政治の悪いところだと思います。右であっても左であってもやらなければならないことがあるはずですよね。

投稿: こら息子 | 2006/12/12 13:32

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